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さまざまな角度から食を自分らしく実践・表現する6組のフォトドキュメント
猿渡凜太郎
食卓に並ぶ前の風景を想像してほしい
天下の台所、大阪を飛び出し、全国各地の農家を巡っている活動家がいます。「生産に近づくこと」をテーマに、食べることの在り方を模索するプロジェクトを展開する猿渡凜太郎さん(以下:猿渡さん)。より多くの人に食への関心を持ってもらうため、自身が農業に触れて経験したことを発信し続けています。アースカラーの作業着に身を包んだ猿渡さんは、生産者と同じ目線に立ち、毎日食べるおいしいものが食卓に並ぶまでの背景を知ってもらいたいと語っています。
環境問題を意識する中で、食への意識が変わったんです
ー猿渡さんが食に関心を持ったきっかけを教えてください。

 大学では地理学を専攻していて、当時は食や農業よりも環境問題に関心がありました。社会に出る前から、深刻な環境の悪化に直面している現実に絶望感があって。環境問題に直接アプローチすることを考えた時期もありましたが、在学中にカフェで働き始めると、飲食店の世界を知ったんです。いろいろなお店に食べにいくようになり、食べることに関心を持つようになりました。今は、自然な流れで、食を通して環境問題に取り組んでいるのかもしれません。

ー一番最初のきっかけは環境問題だったんですね。農業に興味を持ったのはいつ頃だったのでしょうか?
 働いていたカフェのお客さんに、愛媛県でミカンを育てている方の畑に連れていってもらったことがあって。作業を手伝っている中で、大きな町で消費されている食材の背景にも、生産者の方がいることを実感し、見過ごせないと思ったんです。当時はまだ、食に対する今のような問題意識はなかったのですが、そこから徐々に農業に関心を持つようになりました。
 
ー食に限らず、都市で生活しているとあらゆるものが消費の対象になってしまうように感じます。どんな経験をされたんですか?

 訪れたミカン畑は、海沿いの山を切り開いてできた、とても急な斜面の段々畑でした。スポーツをやっていた20歳の自分でも登るのがつらかった畑で、70歳を越えた農家の方々が当たり前のように作業をしている光景にとても衝撃を受けました。「なんで来たの?」とか「なんで手伝ってくれるの?」と農家の方たちは本当に不思議そうにしていて。さらに、「ミカンしかないけど好きなだけ食べていってね」とやさしく声をかけられて、思わず泣きそうになりました。手伝いにきた自分が珍しがられるほど、生産者と消費者の間には大きな溝があるように感じ、生産の過程がないがしろにされ、消費者からは見えなくされてしまっているんだと気がつきました。それは、農家の人たちの尊厳が奪われている仕組みだと感じ、飲食に関わっている自分さえ、知らなかったことを反省しました。
ーわかっていても、食のありがたみを実感する機会はなかなかないですよね。「尊厳が奪われている」というのは具体的にどういうことでしょう?

 たとえばスーパーで商品を選ぶとき、多くの人が一番安いものを選んで手に取ってしまうと思うんですよ。それだと陳列されている商品の背景にある農家さんの苦労に気づくことは難しいと思っていて。自分はその事実を考える想像力すらも持ち合わせていませんでした。「こっちの方が安いから」と商品を選んでしまうのは、システムの問題だと感じていて。商品化されているから、値段にばかりフォーカスしてしまう。棚に陳列されるまでの背景が見えにくくなっていることが問題だと思います。
効率化が進んだことで、想像力が失われてしまった
ーなぜ、そのような仕組みができてしまったと思いますか?
 
 画一的に大量生産されたものを消費する習慣が広く普及してしまったからだと思います。一つの例として、ファストフードの生産で連想するのは、大きな工場で機械的に効率よく製造される過程であって、生産に携わる人やまつわる文化を想像することは難しい。農業は一次産業であり生活に欠かせない仕事なのに、生産と消費の間に分断が生まれてしまった。その結果、一方的に消費することに慣れてしまい、生産の過程への想像力が失われてしまったんだと思います。

ー対価を払って食事をする仕組みは知っていても、その過程にどれだけの人と労力が関わっているかを想像することは、別の問題かもしれません。その経験を経て、自分の中で変わったことはありますか?

 暮らしていくために必要なものを自分の手で作ることは、自分の理想の暮らし方の一つなんです。それから、生産の過程を自分の目で見たいという気持ちもあって。全国の農家を訪れて、間近で生産者や食材に触れた経験を発信するために「SHOKKAN PROJECT」を始めました。
 
ーSHOKKAN PROJECTはどんな取り組みをしているのでしょうか。

 SHOKKAN PROJECTは自分が農業を近くで見て感じたことを共有する、気づくきっかけの提示を目的としたプラットフォームです。これまで料理人の方と一緒に農家を回って、現地で採れた食材だけを使った料理を参加者全員で食べるといったイベントをしました。
 飲食の業界にいた自分でも、いざ畑に行きたいと思ったときにどうすればいいのかわからなかったんです。都市で日常生活を送っていると、生産に触れる機会はほとんどありません。もちろん、農業には生産に関わる喜びや楽しみがあります。おいしいものが食卓に並ぶまでのいろいろな背景を知ってもらうために、SHOKKAN PROJECTを通して食へのハードルを下げたいです。

ー食事以外の食への関わり方を意識したことのある人は少ないように思います。
SHOKKAN PROJECTを通してどんな社会を実現したいですか?


 生産という行為をどれだけ生活の中で増やせるか、より多くの人に生産という行為を身近に感じてほしいです。買い物だけしているとずっと消費者のままで、生産者の側に立つことはありません。
 生産するものはなんでもよくて、家庭菜園の経験があれば、スーパーで手に取る野菜の背景に育てた人がいるとわかる。料理をしたことがあれば、レストランでの食事でも、レシピや作り方などテーブルに運ばれてくるまでの過程を想像できる。生産という行為に近づいて想像力を働かせながら、食べることの在り方を提示していきたいです。
人間の都合が優先されない採取の可能性
ー誰にとっても食は身近な存在ですが、おしゃれなレストランに行くことが目的になっているような印象があります。食の背景にある生産が注目されることはまだまだ少ないのではないでしょうか?

 おしゃれなレストランの食事をインスタグラムに投稿したいという気持ちも、食に興味を持ってもらうきっかけとしてはとても大事なことだと思っていて。おいしいや楽しいといったポジティブな経験がない状態で、問題だけを突きつけても状況は改善しないだろうと思います。むしろ、そういった経験をきっかけに食に興味を持ってくれた人が、さらに深く掘り下げられる環境を整えることが自分の役割だと思います。

ーSHOKKAN PROJECTとして今回訪れたHERBSTANDは、山梨県を拠点にハーブや自然草の栽培をしながら、野草の採取も行っています。実際に作業の様子を見ていかがでしたか?

 自生している植物は、人間が栽培する植物とは違うポテンシャルがあると感じました。目的のために育てる植物ではなくて、既に在るものの生かし方を人間が考える。人間の都合が優先される農業にはない「採取」の可能性だと思います。二酸化炭素の排出量やプラスチック削減のような環境に負荷を与えない取り組みがメジャーになる中で、HERBSTANDは積極的に自然と関わっています。所有者が高齢化して管理の行き届いてない山で、採取をしながら木を間引くことで獣害対策もしていることも、今回訪れて知りました。ビジネススタイルを維持しながら生態系の維持や改善につながるポジティブな取り組みが素敵だと感じましたね。
自分で栽培してみるのも生産に近づくための方法
ー農業を間近で見ることのほかに、生産に近づくために何かできることがあれば教えてください。 

 やっぱり家庭菜園はすぐにできるいい取り組みだと思います。ハーブは手軽に育てられるし、スーパーで買うと安くはないので現実的に節約にもなる。ハーブも植物だという実感を持てるようになれば食べる感覚も変わってくる気がしていて。ほかにも、普段スーパーで買うことが多いなら、たまには産地直送の直売所のような生産者により近いところから購入してみるだけでも生産に近づくことができます。消費するだけだとそれ以上の広がりはあまりないので、買う場所を変えてみることも一つの方法かもしれません。

ー今後、SHOKKAN PROJECTでどんなことに取り組んでいきたいですか?

 将来的には、参加者と一緒に畑を回るツアーをしたいです。みんなで一緒に畑を訪れて、土に触れて、採れた食材を使った料理をみんなで食べる。そんなファームツアーを通して、自分が感じた問題意識を多くの人にも伝えていきたいです。
 
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