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さまざまな角度から食を自分らしく実践・表現する6組のフォトドキュメント
小野寺 佑友
肉になるのなら、愛情を受けて育てられた方が牛も幸せ
宮城県気仙沼市本吉町で、主に乳牛を扱う小野寺ファームを運営する小野寺佑友(以下:佑友さん)さんは、肉牛となる牛に対して、「出荷されることが決まっていても愛情を注ぐことは大切だ」と話す。現在では動物にとってストレスや苦痛が少ない飼育環境を目指す「アニマルウェルフェア」が重要視され始めているが、佑友さんにとっての牛との関わりはどんなものなのか。そこには愛に溢れる牛との関係性がありました。
ゆっくり無理せず家族でやれる範囲で酪農を
ー気仙沼は海のイメージが強く、酪農が盛んなイメージはあまりなかったのですが、以前は酪農家も多かったのでしょうか?

 僕のおじいちゃんが牛を育てていたときは、一頭から絞った牛乳を出荷して、牛の糞を田んぼの肥料にして作物を育てるっていう小さな循環をみんながしていました。でも1975年以降ぐらいから、酪農の形態が変わってきたんです。健康的に長く育てるか、単発的にたくさんの牛乳を出させるかっていう二極化になっていき、うちでは父親が牛に無理をさせない方向を選んで牧場を経営していました。

ー牛に無理をさせない方向とはどういった形なのでしょうか? 

 生産性を重視する社会の流れにつれて、酪農は工場化していったんです。そうなると、広い土地や高価な機材などが必要になっていって、酪農を続けることが難しい時代になっていきました。そのなかで父は、家族でやれる範囲で、牛にも健康に長生きしてもらいながらやっていくことを決めました。うちはあまりお金がなかったので、今でも土地は全部借りています。どこも土地を持て余してしまって、手入れをするのも大変なので貸したいっていう人は結構いるんですよ。
ー小野寺ファームでは、なるべく餌も自分たちで作っているそうですが、それはお父さんの代から取り組まれていたんですか?

 3年前に牧場の経営が僕に引き継がれてから、輸入飼料を減らし、自分たちで餌を作ることを始めました。輸入の餌に頼っている状況だと、間に入る誰かがいないと成り立たなくなる。この町の牛と草だけで循環し完結できる形に近づけていきたかったんです。トウモロコシ畑を拡大し、そこから餌を作ることで、輸入の餌から手づくりの餌へと変えていく。当初は輸入の餌を一気に減らしてみたのですが、乳牛はすでに品種改良されているため、餌のバランスを変えることで乳質が低下し乳量が減ってしまいました。さらにそれだけでなく、自分の身を削って牛乳を出そうとするため、体調不良になりやすく不妊などの繁殖異常をおこし、子牛を産めなくなってしまいます。子牛も産まれなければ牛乳も出なくなるという、悪循環が生まれてしまうことに気がつきました。

ー限界まで乳量を上げるために改良されてしまった牛と、どう向き合っていくべきだと考えますか?

 小野寺ファームとしては、生産性や利益ベースで酪農をするために受け継がれてきた牛を幸せに飼う酪農をしたい。牛たちに無理をさせずに健康で長く一緒に歩んでいきたいと考えています。
全部を知ったうえで食べることのほうが意味があるなって
ーきたろうプロジェクトでは、具体的にどのような活動をしているんですか?

 たくさんの人に肉牛と直接触れてもらい「命のいただき方を考える」活動をしています。きたろうは“健康的な牛”に育てることを目標に餌の管理や運動をさせて育てていました。最初は迷いや不安もあり、あまり愛情をかけると別れがつらくなると思い、距離を置いたときもありましたが、そばに居ると徐々にきたろうの甘えるような視線に心を奪われ、自然と愛情を注いでいたんです。
 それからは支援者を集い、きたろうとのふれあい会を開催。最後にみんなで試食会を行い、命について考えるワークショップをしました。その後は、2代目のももこを子牛のときからカフェに連れて行き、触れてもらう機会を作ったり、定時制高校で講義をさせていただいたりしました。

ー愛情を注いで育てたきたろうを試食してみてどうでしたか?

 実はずっと、愛情をもって健康に育てただけのきたろうは果たしておいしいのだろうかという疑問があったんです。もし、みんなにおいしくないと言われたとき、自分は納得できるのだろうかと。
 最期のお別れをして、屠畜場に見送ったあとは茫然としてしまい…。何も考えられなくなり、すべての動物のお肉を食べたくないとさえ思いました。ですがそれではきたろうが浮かばれない。そう自分に言い聞かせて食べたお肉は、涙が止まらないほどおいしかったんです。おいしかったことで自分がしてきた活動には意味があったと救われました。
 
やってきたことが結果としてアニマルウェルフェアだっただけ
ー現在ではアニマルウェルフェアがやっと日本でも重要視され始めましたね。

 1960年代にイギリスで生まれた取り組みですが、日本で重要視され始めたのはここ数年ですからね。ただ、僕たちもアニマルウェルフェアを取り入れようとしたわけではなく、やってきたことが結果としてアニマルウェルフェアだっただけなんです。昔からの方法で酪農をすることや、牛との関係性を自然な形に戻していくことだと思っています。
ー佑友さんのお話には、酪農家という営みが長期的に続いていくヒントが詰まっていると感じました。

 自分たちだけでできる方法や持続的に酪農をしていくことを考えたときに、牛も健康で愛を受けながら育てられていく必要があるって思ったんです。でもそうやって育てられた牛のお肉は高くて簡単には買えないことも分かっています。そこには社会格差や教育機関における食育も絶対に影響しているので。だから大量生産されている牛肉が悪いとは思っていません。だけど、健康に愛を込めて育てられた牛のお肉をいただくという選択肢も増えていってほしいです。
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