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さまざまな角度から食を自分らしく実践・表現する6組のフォトドキュメント
田中りみ
女性だからできないなんて、ない
東京から片道約6時間、三重県熊野市二木島にある小さな漁港に、女性漁師チームが存在する。東京を拠点とする株式会社ゲイトの水産事業部のリーダーであり、漁師の田中りみさん(以下:りみさん)がこの女性漁師チームを立ち上げ、現在は漁業と水産加工を行っている。女性進出に大きなハードルがいまだ残る漁業界で、女性だけの漁師チームを作った理由を伺った。
女性は漁師にはなれないという言い伝えがあったんです
ー「女性 漁師」と調べるとりみさんの名前がトップに出てくるほど、まだまだ女性が漁師になることには大きなハードルがあると思うのですが、そもそもいつから漁師になろうと思っていたのですか?

 父親が漁師をしていたのもあって、幼い頃から漁師になりたいと思っていたんです。でも、「海の神様が女性だから、女性が漁に出ると不漁になる」という言い伝えから、女性は漁師にはなれないと周りから言われていました。なので、漁師になる夢は一度諦めたんです。ですが、2017年に魚の加工先を運営していた、株式会社ゲイトで働く知り合いに、一緒に働かないかと誘われて、前職を辞めようか考えていたタイミングとも重なったので転職しました。数か月経った頃、隣町の尾鷲市で定置網漁を始めることになり、男性職員や漁師たちと一緒に立ち上げを行いました。

ー主に定置網での漁をしているとのことですが、どのような漁法なのでしょう?

 海中に網を設置して魚を誘い込んで取る漁法です。何かを狙って取る漁法ではないので、毎日何が入っているかわからないんです。そうすると、ほぼ値段がつかない魚ばかりが取れることもあります。生きていたらそのまま海に返しますが、網に当たると弱ってしまう魚も多い。多くの漁港ではそういった魚は破棄されてしまうのですが、株式会社ゲイトは東京で居酒屋も運営していたので、破棄されてしまう魚を活用して、メニューの開発をしていたこともありました。ただ、コロナウイルス蔓延により居酒屋が休業してしまって。今ではレトルト商品を作る機械を導入し、そうした魚たちをペットフードに加工して販売しています。
最初は小さな規模でも、女性だけの漁師チームを作りたかった
ー女性が漁師になるだけでも大変なことが多いと思うのですが、そんな中、女性だけの漁師チームを作ろうと思ったきっかけを教えてください。

 定置網漁を始めて約1年後、地元の漁師の高齢化により定置網漁をしていた小さな漁場が空いたんです。絶対に女性でも漁師になりたい人はいるはずだから、規模は小さいけど女性だけの漁師チームを作り、漁業をはじめました。私はほかの女性よりも体力があるので、力には自身があります。でも私だけができる漁法では女性だけの漁師チームとして継続的に漁を続けるのは難しい。ほかのメンバーでも無理なくできるようなやり方やシステムを取り入れていかないと続かないので、今でも実験しながら女性漁師チームのモデルを作っています。

ー確かに漁師に力仕事はつきものという印象はあります。女性や体力に自信がない人でもできるようなシステムとは、具体的にどんなものを取り入れていますか?

 女性だからできないとされていた仕事でも、体力があればできる仕事はいくつもあります。でも、みんながそうではないことも理解しています。
 だから、たとえ力仕事が向いていなくても、エンジン関係の修理や、従来のやり方よりも身体的な負担を軽減した形での漁法を取り入れることで、女性や体力に自信のない人でも漁師になることができる道筋を提案しています。たとえば、私たちの定置網にはカメラを仕掛けていて、魚が映ったら携帯に画像が飛んでくるようになっているんです。そうすることでいつ漁に出たらいいかの判断ができて、仕事の軽減につながっていますよ。
性別だけでなく、漁師になるにはハードルが高いことだらけ
ー漁業の中でも特に漁師は、男性が中心に活躍していると思いますが、女性だけの漁師チームがスタートするまでにハードルはありましたか?

もちろん最初の頃は地元の人やほかの漁師からの反発や冷やかしはありました。でも、長年諦めていた漁師になるという夢を叶えられることが嬉しくて、一生懸命やっていると、周りの人たちも少しずつ認めてくれるようになったんです。そうしていくうちに、応援してくれている男性漁師がほかの男性漁師を説得してくれたこともありました。

ーりみさんのひた向きな努力が周囲を変えていったんですね。

 性別だけではなく、そもそも漁師になるにはハードルが高いことだらけなんですよ。地域によってルールはさまざまですが、漁協(漁業協同組合)の正規組合員になろうと思ったら、1年間のうち90日の水揚げ実績をルールに設けている漁協もあるんです。そもそも組合員じゃなければ漁をしてはいけないって言われることもあって。そんな中で、私たちは水産庁のルールにのっとった上で、新しい方法やアイデアをまずはやってみるという姿勢を大切にしています。実際、朝にしか漁に行かないことが漁師の当たり前でしたが、私たちのチームは必要であれば朝以外でも漁に出ることもあります。
 
漁師を志す女性の中には、水産高校に通う生徒も
ー漁業もいまだに閉鎖的な考えが残っているのですね。漁業に少しずつ変革を起こしているりみさんのもとには、漁師を志す女性からたくさん連絡が来ると聞きました。

 そうですね。中には10代からの問い合わせもあります。以前、うちに来てくれた水産高校の学生から、学校の先生に「漁師にならないほうがいいぞ」って言われたという話を聞き、びっくりしました。たぶん先生も、女子生徒に漁師になりたいと言われたときに、どこに問い合わせていいかわからない状態なんだと思います。

 
ー10代で夢を打ち砕かれたり、否定されることはとてもつらいですよね。周囲の人たちの無知や固定観念を変えていくためには、どうしたらいいのでしょうか?

 10代のうちから、女性は漁師になれないという刷り込みが、実際に漁師を志すことへの壁を大きくしていると思います。私も長い間、固定観念に縛られていました。現状を変えるためには、女性を受け入れてくれる漁村が増えることが一番なんじゃないかな。うちで働きたいって言ってくれても、熊野市に住みたいと思ってくれるかは別だと思うんです。その土地が合うかどうかは人それぞれ。だから、今後は日本全国の漁村の中で、どこに女性の漁師がいて、女性を受け入れられる状況がどれくらいあるのかを調べてまとめたいと思っています。そうすることで、その人に合った漁村を紹介することができるし、全国に女性漁師をもっと増やすことができるはず。
漁師って一生できる職業。定年を過ぎても漁に出たい
ー女性漁師になるという夢を叶えたりみさん。これからの夢を教えて下さい。

 漁師って一生できる職業だと思っているんです。だから私は、定年を過ぎても漁に行きたい。不可能かもしれないけど、いつかカツオの一本釣りの船に乗りたいんですよ。数か月かけて海外へ向かうような大きな船に乗って、でっかいカツオを釣りに行きたいですね。乗せてくれる船があるかはわからないですけど(笑)。
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