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長年お店を営むふたりの、記憶に残るある日の出来事
2015年6月号掲載
ーおばあちゃんが一番しあわせだった日ー
「 家族みんなで古希のお祝い 」

2015年の5月4日、3人の子どもたちとその家族が集まって、私の古希のお祝いをしてくれました。全員で12人も集まったのよね。愛知からはるばる来てくれた家族もいて。その日はお昼前に集まって、最初に中華街へご飯を食べに行ったわ。ゴールデンウィークだから、歩くのも一苦労。お店は入れるのかしら?って思っていたけれど、予約をしてくれたみたいで。長蛇の列のそばをススって上がれて、わくわくしたわね。北京ダックもカヒレスープもおいしかったぁ。お祝いに、私が生まれた昭和20年4月16日の新聞をくれたのよ。ご飯のあとはマリンタワーを登って山下公園に行って、最後にボウリングをしたわね。最後「今日はありがとう」と別れたときは、少し寂しかった。11月にはお父さんの古希のお祝いがあるから、全員で集まれるその日が楽しみで仕方がないわ。

ーおじいちゃんが一番しあわせだった日ー
「 退院して初めての開店日 」

4年くらい前、大腸を悪くして入院しなければならなかった。本当は1週間で退院する予定で、それならばと店を閉めたけど、退院するのに1ヵ月も掛かってしまったね。休んでいる間は早く店に立ちたかったなぁ。そうして9月のある日、退院してやっと店を開ける日がやってきたね。前日に母さんが豆の下ごしらえをしてくれて、当日は朝5時30分に起きて機械をセットし、豆腐の製造を始めた。店を開けると常連のお客さんたちがすぐに「元気?」って訪ねて来てくれたのは嬉しかったねぇ。祭りが近かったから、中には「祭りには出れるのか?」って聞きにくる人も。普段と変わらない話ができたことも良かった。そうして今までと同じように店に立っていると、母さんと一緒に健康で長く、この店を続けたいって思ったね。なにせ夫婦でやっている店だからね。


 
2014年5月号掲載
ーおばあちゃんが一番しあわせだった日ー
「 92歳の誕生日 」

2年前の7月、私は92歳の誕生日を迎えました。その日いつものようにお店へ行くと、お昼頃にお店の電話が鳴ったのよね。出てみると、電話の相手は常連のお客さまである服部さんだったわ。そのあと服部さんが、大きな蘭の鉢植えを持ってお店に来てくださいました。鉢には、大きな大きなピンクの蘭の花が10本も刺さっていたわ。私の背の半分くらいの大きさだったかしら。服部さんが「お誕生日おめでとうございます。長生きしてくださいね」と言ってくれたの。その言葉をいただいてお花を見ているうちに、気づいたら涙が私の頬をつたってこぼれ落ちていました。今はもう枯れてしまって蘭の花はないけれど、大切な鉢植えにほかの植物を入れて育てているわ。これからもずっと、私たちのお店に飾り続けていきたいですね。

ーおじいちゃんが一番しあわせだった日ー
「 僕たち二人の仲が認められた日 」

僕と須賀さんは、30歳くらい離れているけど、ずっと交際を続けているね。美容室を一緒にやり始めて、最初の頃はお客さまもみんな、僕たちの関係をすごく気にしているようだったなぁ。姉弟なのかとか、いろいろと考えていた人がいたと思う。もちろん僕たちの関係が気になるのは、ごくごく普通のことだと思うんだけど。僕たちは、そのことはそんなに気にならず毎日こうやって情熱を持って二人で一緒にお店をやりくりしてきたね。そして、30年くらいたった頃だろうか。気づくとお客さまたちが、僕たち二人にお菓子を持ってきてくれるようになっていたよね。一炉庵とか、高級な和菓子をもらって。「二人で食べてね」って言ってくれて。そのとき、お客さまに僕たち二人の関係をちゃんと認めてもらえたんだなぁと、心の底から思いました。


 
2014年11月号掲載
ーおばあちゃんが一番しあわせだった日ー
「 一週間、毎日パンが完売しました 」

42年間、お父さんと一緒に二人で突っ走ってきた。そんなある日、お父さんが入院することになって。6月18日から半月ほど、お店を休むことにしたの。実はこのままお店を閉めようかと思ったんだけど、お客さんから「いつお店開けますか?」って次々と電話がかかってきて。また二人で開けることを決めたわね。半月ぶりにお店を開けた日、こんなに閉めていたのは初めてだったから、お客さんが遠のいたと思って、シャッターを開けるのが怖かった。でもその日、1000個くらい作ったパンが、完売したんだよね。「お父さん、大丈夫?」って聞いてくれたり、お店の前で泣くお客さんもいて。うちのお客さんはこんなにいたんだなぁ、みんな待っててくれたんだなぁって、涙が出たわ。それから一週間、毎日パンが完売したね。あと何年できるかわからないけど、まだまだ二人でがんばっていきたいねぇ。

ーおじいちゃんが一番しあわせだった日ー
「 一年で一番楽しみな一日 」

元旦は、うちの家族全員が集まる日。一年で一番楽しみな日だなぁ。中でも一番楽しみなのが、全員にお年玉をあげることなんだ。孫だけじゃなくて、娘や息子とか、お嫁さんとかにもあげるんだよ。父がそうしていたから、私もマネをしているんだ。だからお正月が近くなると楽しみな気持ちになって、お年玉袋を買いに行くんだ。一つずつみんなの名前を書いて用意するんだよ。今年も、年が明けてお昼頃になると、徐々に子どもたち家族が集まってきた。孫がね、「じじ、元気でいてよ。死んじゃだめだよ」って言ってくれたよ。お昼に集まってね、いつもと同じようにみんなでおせち料理を食べて、お年玉をあげた。近くに住んでいるけど、なかなかお店を休んでみんなで会うのは難しいからね。こうやってお正月に元気にみんなでそろって、新年を迎えられることが一番だね。


 
2013年1月号掲載
ーおばあちゃんが一番しあわせだった日ー
「 初めての指輪 」

ある日の昼頃、お父さんが配達で出かけていたから1人で店番をしていると電話が鳴ったの。電話を出ると、お父さんからで、「今、指輪を見てるから早く来いよ」って言われたわ。いきなりでびっくりしたけど、お父さんがいるキンカ堂のA館に自転車で行きましたね。A館に着いたらお父さんがいる指輪売り場まで行って、一緒に指輪を選んで。誕生石のきれいな紫のサファイアで、プラチナの指輪。今まで結婚指輪とかももらったことがなかったから、本当に嬉しくて。でも普段仕事のときは邪魔になってしまうからつけなかったんだけど、結婚式とかお呼ばれのときはつけていったなぁ。今はもう、その指輪は娘にあげちゃったけど、あの日のことはまだよく覚えていますよ。

ーおじいちゃんが一番しあわせだった日ー
「 寝ずにともに働いた3日間 」

結婚式の打ち菓子の注文がたくさん入っていたあの日。朝は饅頭を作ったりとお店のことをやり、そのあとに打ち菓子作りをしたね。私は、みじん粉と砂糖を混ぜて練っていってしっとりしたら、蒸気をあてて固め、鯛と松竹梅の形に仕上げていって、それをつめていくのが母さんの作業。あのときは家が四畳半しかなく狭かったから、その日は子どもを寝かす場所もなく、押し入れに子どもを寝かしつけてつめる作業が始まった。母さんはA4サイズくらいの箱に打ち菓子を並べ、隙間にパッキンを入れて、懸紙をかけて水引で結んでいた。それが朝まで続いていった。翌朝、私が自転車で注文先まで届けにいく。寝る時間もなく、母さんはつめながらかなり眠たそうだったけど、3日間一緒に最後まで続けてくれたね。


 
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