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日本にはたくさんの名作がある。日本を代表する作家、監督の作品について、熱狂的なファンの方々にベスト3をあげてもらいました。いつの時代も愛される、日本の名作に出会おう
杉浦仁輝が選ぶ [黒澤明作品BEST3]
監督 prof.
黒澤明


1910年、東京都生まれ。日本の映画監督、脚本家。日本のみならず、世界中の映画関係者の多くがリスペクトを公言しており、「世界のクロサワ」と呼ばれる巨匠。ダイナミックな映像表現、劇的な物語構成、ヒューマニズムを基調とした主題で知られる。享年88歳。

Recommender.
杉浦仁輝(28)映画監督、プロデューサー

1993年生まれ、茨城県出身。インディーズ映画の制作や映像制作、舞台演劇の映像撮影・操作などを務める。映画に関する批評などを多数執筆。生涯ベスト映画は『ファントム・オブ・パラダイス』。
見えない恐怖に葛藤する今観るべきテーマ
[ BEST.1 ]『生きものの記録』1955年 日本/出演:三船敏郎ほか/東宝

 このご時世だからこそ、観てもらいたい一作。水爆が恐ろしくて日本から脱走しようとする中島と、恐ろしさを見ないふりして日常生活を送ろうとする人々。その両者が描かれていて、まさに今の日本社会の縮図。見えない恐怖が人を狂気に追い込むんです。中学生の頃、最初に観たときはブラックコメディだと思ったんですけどね。東日本大震災を経験したあとに見直して、世にも恐ろしい映画だと痛感しました。中島はまともだからこそ、家族と逃げる道を選んだし、家族を守りたいからこそ、狂気に走ってしまった。裁判所で、中島が家族全員分のジュースを買ってきて、そっと渡すシーンがあって。地味な描写だけど、思いやりを感じるんです。黒澤の視点で、中島は狂っていない、断罪したいわけではないというやさしさが込められている。
 黒澤の、判断や解釈を観る側に任せている姿勢が好き。違う考えを持つ両者に対して、片方を批判する訳でなく「狂っているのはどちら?」という、客観的で冷静な視点がある。まさに生き物の記録として、観察している映画なんです。水爆の恐ろしさは二元論で出せないので、一人一人が考えていくしかないし、その行為が未来につながっていく。観客の考える力を信じてもらえていることが嬉しいんですよね。
主人公が窓の光を見ない黒澤が見せないんです
[ BEST.2 ]『静かなる決闘』1949年 日本/出演:三船敏郎ほか/大映

 戦時中の夜戦病院で、軍医の藤崎が患者の梅毒に感染してしまうんですけど、藤崎は婚約している恋人がいるんです。当時は梅毒の特効薬なんてなかった時代ですからね。愛を選択するために、愛を捨てなければならないという葛藤。病気との静かなる決闘が、コロナ禍である現状と重なるものがあります。普遍的であるが故に、今見ても新鮮な作品なんです。
 黒澤の映画は窓が、記号や物語のゴールとしてよく描かれているんです。たとえば、窓の光を主人公が見つめるという描写は、希望を発見できたという表現で使っている。しかし、この作品にも窓は出てくるものの、藤崎は見ないんです。見ないというより、黒澤が見せていない。つまり、希望を発見できていないという、アンハッピーエンドなわけです。凡庸な監督だったら、藤崎が新薬を発明して、無事恋人と結婚する結末にすると思うんですけどね。そうしなかった。そこが黒澤の視点の揺るがなさ。希望がないという絶望が真実であるということを、黒澤は言いたかったんです。本当のことを教えてくれるって、ある意味やさしい。人間は真実を突きつけられると忘れないじゃないですか。今、日本でガツンと本音を言う人って少なすぎる。だからこそ、黒澤の見せてくれた真実に敬意を感じるんですよね。
人間を狂わせない方法は人間であることのユーモア
[ BEST.3 ]『どですかでん』1970年 日本/出演:頭師佳孝ほか/東宝

 夫婦交換、不倫、強姦、貧困…ものすごくアナーキーな人間の醜さばかりの世界。地獄の風景というか、地獄の温度みたいなものを感じるんです。当時、黒澤は人間不審に陥っていて、これを撮り終わったあとに自殺未遂をしてしまう。映画の中に、そういう死の香りが漂っているんです。
 この作品は、飢えている人、狂いきった人、絶望を完了した人ばかり。特に、平という老人が瞳孔を開いて布をビリビリと破くシーンが本当にトラウマ…。黒澤の一貫したテーマだと思うんですけど、みんなずっと不幸なままなんです。これが人間社会の縮図なんだと、腑に落ちたんですよね。しかし、地獄の中でも六ちゃんには自分にしか見えない電車がある。想像力、フィクションを信じる力、人間であることのユーモア、それだけが人間を狂わせない唯一の方法なのかなって。それこそが黒澤の芸術論。最後のお蝶のセリフで「これは何の木かしら。枯れてしまえば、何の木でもないんだわ」と言っているけど、まさにそう。人間の終着駅は平等に死。そこに行き着くまでに、どう見えない電車を走らせるか。フィクションやアートに、世界を変える力も救う力もない。だけど、黒澤は芸術と想像力が一番偉いんだ、狂いがちな人類には必要なんだって言いたかったんだと思うんです。
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