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日本にはたくさんの名作がある。日本を代表する作家、監督の作品について、熱狂的なファンの方々にベスト3をあげてもらいました。いつの時代も愛される、日本の名作に出会おう
maco maretsが選ぶ [堀江敏幸作品BEST3]
著者 prof.
堀江敏幸


1964年岐阜県生まれ。 作家・仏文学者。 1999年『おぱらばん』三島由紀夫賞、2001年『熊の敷石』芥川賞、2003年『スタンス・ドット』川端康成文学賞、2004年『雪沼とその周辺』谷崎潤一郎賞、2006年『河岸忘日抄』読売文学賞など、受賞多数。

Recommender.
maco marets(26)ラッパー


1995年、福岡県生まれ。2016年にアルバム『Orang.Pendek』でデビュー。セルフレーベル「Woodlands Circle」を立ち上げ、これまで5作のアルバムを発表している。
登場人物の半生から自身の生活に思いを巡らす
[ BEST.1 ]『雪沼とその周辺』堀江敏幸 著/新潮社

 一方通行の時間の中で、老いてゆく人、ものへの追想をつづる短編集。その筆致はやわらかく端正でありながら、同時にぎょっとするほどの緊張感をたたえています。収録作品の一つ、川端康成賞を受賞した『スタンス・ドット』は、その日で閉店を迎えるボーリング場の中年店主の話。彼は店を訪れた若いカップルの姿に、亡き妻と共に歩んだ自身の半生を重ねて振り返っていきます。しかし、ただの切ない回想では終わりません。物語のラスト、店主は現実と幻の中でボーリングのピンが倒れる音を聞きます。それは、ボーリング場という一つの記憶の終わりであり、同時に店主自身の中にも取り返しのつかない断絶が生まれてしまったことを表しているようにも感じました。『スタンス・ドット』以外の収録作品にも、共通してこの断絶の手触りがあります。登場人物の生活や、愛着を持った仕事のありさまが丁寧に描写されているからこそ、それらが不可逆な方向へと変化していく過程が痛切に立ち現れてくる。
 僕自身も、一年半ライブ活動をお休みしていることもあって、それまでの自分との断絶の感覚は明確に持っています。変わりゆく生活や思考の様式をどう受け入れるのか、いつかくる終わりまで、日々をどう生きていくのか。思い巡らせた一冊です。
ものへの細やかなまなざしが魅力的な長編小説
[ BEST.2 ]『河岸忘日抄』堀江敏幸 著/新潮社

 主人公は河岸につないだ船の中で暮らしているという設定で、個人的に一番好きな長編作品です。まず、このシチュエーションに憧れますし、ゆっくりとした文章の流れの中で、語り手を取り巻く一見ささいにも思われる事柄と、少しづつ明かされる物語の背景とが重なり合う。思考が自在に漂流していく過程そのものが、物語として紡がれていく様子にしびれましたね。
 物語の随所で気温・湿度・気圧の数値的なディテールが提示されていくのですが、それ自体が具体的なイメージを喚起するものではないながらも、思考の居所する場所が船のように小刻みに移動している様を示しているようで印象的です。ここに、自身を取り巻く環境の機微を、敏感に感じ取らんとするまなざしの細やかさが現れていると感じます。堀江作品から受けた影響と聞かれると、とにかく「丁寧に見つめる」その姿勢だと答えるかもしれません。楽曲の歌詞を作るときでも、感情そのものより、身体感覚や、環境のありさまを描写する。これにより表現できるものがあるのではと、常に考えて言葉をつづっています。さまつな事柄にも、じっくりピントを合わせてみる。そうした作業の繰り返しが、精彩さを欠いた視界にも何か新しい光を呼び込んでくれるような気がします。
ひとつの言葉を織りなおす小説と散文のあわい
[ BEST.3 ]『バン・マリーへの手紙』堀江敏幸 著/中央公論新社

 堀江先生の作品を嗜むうえで避けては通れないエッセイ集。書評を集めたもの、音楽に関するものなどさまざまありますが、『バン・マリーの手紙』はジャンルに限らずさまざまな思索の痕跡を編んだ内容です。表題のバン・マリーは、フランス語で湯煎という意味。こうした一つの言葉や、日常のささいな経験を解きほぐしながら、圧倒的な知識を下敷きに自在な連想を繰り返す。ときにやわらかなユーモアを、ときには冷静すぎるほどのペーソスを交じえて対象物のイメージを織り直していく。貫徹された手仕事の美学を感じます。
 堀江先生の作品に共通している特徴として、小説と散文の中を漂うような、筆致の独特さがあります。作品の中で、劇的なドラマや思想の大転換が起こることは少なくて、ただそこで静かに進行する思考に同調していくような、語り手のまなざしを追体験できるような文章の運びが心地良い。描かれる私という語り手の人格は、どこかぼんやりとしていて、そのテンションには馴染みやすさも覚えます。僕自身、楽曲にドラマチックな展開や、言い回しを取り入れることは少なくて。主題に対しての結論をバーン! と提示するのではなく、あちらこちらに考えを巡らせている過程を表現したい。そう意識して制作しています。
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