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日本にはたくさんの名作がある。日本を代表する作家、監督の作品について、熱狂的なファンの方々にベスト3をあげてもらいました。いつの時代も愛される、日本の名作に出会おう
入江悠が選ぶ [ 溝口健二作品BEST3]
監督 prof.
溝口健二


日本の映画監督。1923年『愛に甦る日』で監督デビュー後、『残菊物語』等の「芸道もの」をはじめ、数々の名作を送り出す。『西鶴一代女』、『雨月物語』、『山椒大夫』が銀獅子賞を受賞し、ヴェネツィア国際映画祭で三年連続受賞という記録を作り、海外の監督にも影響を与えた。享年58歳。

Recommender.
入江悠(41)映画監督

『SRサイタマノラッパー』で第50回日本映画監督協会新人賞、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭グランプリを受賞。ミニシアター支援を目的とした自主映画『シュシュシュの娘』が全国公開中。
溝口監督が日本映画で最高峰だというのがよくわかる
[ BEST.1 ]『近松物語』1954年 日本/出演:長谷川一夫ほか/大映
 溝口作品の中で、一番人に勧めやすい作品。近松門左衛門の話がベースとなっていて、互いに好意を持った身分の違う男女が、駆け落ちしていくストーリー。溝口作品なので、当然ひどいことがたくさんが起こるのですが、人生をふいにしてでも、一時の情熱や愛に生きる価値があると思わせてくれる。
 若い俳優さんの演技のワークショップでは、『近松物語』のワンシーンを抜粋して取り入れているんです。船上から水に入って死のうとしていた二人が、実は、互いに好いていることに気づき、生きることを決める場面。死に向かおうとしていた負の感情から、生の感情に変わっていく。俳優の演技としては、すごく勉強になるんですよね。 
 最初と最後のシーンが反復しているんです。思想も技術力も、溝口監督が日本映画で最高峰だというのが、よくわかる。最初、市中で馬に乗せられ、見せしめの刑にされている男女がいるんです。主人公たちは、こうなりたくないと思うんですけど、最後、二人もまったく同じ絵で終わる。しかし、観客側は二人の内心を知っているから、不幸に見えないんです。初めは哀れに見えていたのに、祝福してあげたくなる。同じ映像なのに、たった102分でここまで変わるのかって感動しました。時間芸術としての映画表現がすごいなって。それに、二人の幸せそうな表情を見て、長生きしなくてもいいなとさえ思いました。すごく短い時間だけど、心が通じ合ったことがポジティブに受け取れる。僕も映画で、瞬間的に情熱を捧げて燃えてもいい、くらいの覚悟でいなければなって。
容赦なき現実人生はつらく悲劇に溢れている
[ BEST.2 ]『山椒大夫』1954年 日本/出演:田中絹代ほか/大映
 母と子ども二人が、帰ってこなくなった夫を迎えに行く旅の途中、悪者に騙されて離れ離れになってしまう。平安時代からある有名な物語を、溝口監督が映画化すると、こんなにも美しくて切ないものになるのかと驚愕でした。生きるのはこんなにもつらいことなのかって。親と子が引き裂かれることって、現実でも起こりうるじゃないですか。紛争地帯の国の人たちとか、日本だって太平洋戦争の時代にはあったことだと思うんです。本当に溝口監督の容赦のなさが徹底的に出ている。最後は母と長男が再会しますけど、それを希望として捉えていいものか…。失った時間は取り返せないし、心に負った傷も消えない。人生の真理だと思うんです。映画で親子を引き裂いたのは人間の悪党だけど、自然の災害や戦争に置き換えると、いつ自分に降りかかってきてもおかしくないですからね。
 安寿が池に入水自殺する場面が、僕は数ある映画の中でもトップに入るシーンだと思っていて。すごく悲しいシーンなんですけど、水の表現とかも含めて最高に美しい。楽しいシーンだけではなく、あと戻りできない絶望的な悲しみの中にも美しさがあることを知りました。
 僕らが生きている現実社会にも、悲劇は起こりますよね。自分だけで抱え込んでしまうと、精神的に破綻してしまう。だけど、この作品を観ると、いや、そもそも世界が悲劇に溢れているんだって一般化できるんです。悲しいだけの映画ではなく、何かを解放させてくれる作品でもある。生きることは本当に大変なこと。それが、溝口監督の思想だと思うんですよね。
運良く生き残った人のみが芸の世界で表に出られる
[ BEST.3 ]『残菊物語』1939年 日本/出演:花柳章太郎ほか/松竹
 古典芸能に取り組む芸道者の主人公と、恋仲の女性の話。芸の世界の厳しさを突きつけられ、最後には死んでしまう人もいる。溝口監督は古典芸能にどっぷり浸かっていた人だから、本当に厳しい時代を体験していたんだなって。今、すぐに世に出られる時代じゃないですか。芸能人って芸の能力がある人なわけだけど、芸事の基礎はここにあるんだなと。毎日訓練を続け、挫折を知って模索する。だからこそ、観客から入場料をもらえ、つかの間の感動を起こせる。映画も一緒だなって。それくらい問い詰めていかないと、お金は取れない。運良く生き残った人のみが、芸の世界で表に出ることを痛感しました。
 主人公が喝采をあびて、ファンに迎えられる一方、彼を支えた彼女が裏で息を引き取るシーン。華やかな裏側には死屍累々があるという、両面を描いているのにグッときます。今、夢は叶うよって背中を押す傾向にあるけど、そんなことなくて。すごい下積みがあって、やっと花開く人もたくさんいる。いつの時代も変わらない普遍的なことなんです。僕自身、20代の頃は自主映画を作りながら六畳一間に住んでいて、将来真っ暗だった。夜中ふいに恐ろしくなって目が覚めるんですけど、『残菊物語』のしがみついていく感覚が、理解できるんです。
 技術面で言うと、特に影響を受けたのは長回しの手法。演者もスタッフもひたすら緊張感があるし、ワンカットで人物の変化が見事に描かれている。僕も『SRサイタマノラッパー』で初めて取り入れて、自分自身を追いこみました。溝口映画のようにはならないけど、一つ、大きく変われた気がしますね。
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